幸せとは

とりあえず何考えてこの記事開いたか俺が当ててやるよ

「またいつものカルト記事かよ」
だろ?

大丈夫今回は酒飲みながら書いてるからそんな堅苦しい感じで書かない
俺が今まで誰もたどり着けなった幸せの真理をさくっと教えてやる

幸せってなんだろうって皆一度は考えたことあると思うの
でさ、こういう話になるとおもむろに「人それぞれ」って呪文唱えるやつが必ずいるわけよ
前にも一度記事書いたけど俺この言葉大嫌いなわけ
突き詰めて考えてそれでも答えが出なかった時の最終手段としてならギリ許容できるけどさ
何も考えず開幕に唱える呪文じゃないと思うわけよ、開幕はスクルトとかから入るべきじゃん

まぁそれはいいや「幸せとは」に戻ろ

たとえば完全週休二日制の学校なり職場に通う生活をしているとして
一週間の中で一番幸せな瞬間っていつだろうって考えたらさ
俺は「金曜の夜」だと思うわけ
もっと細かく言えば学校や会社が終わった瞬間かな

たとえば待ちに待って発売されたゲームがあったとして
そのゲームにおいて一番幸せを感じる瞬間って
俺は「買った直後の帰り道」だと思うわけ
ずっとやりたかったゲームをこれからプレイできるんだって瞬間が一番幸せ

俺はこれを
「自由であることで得られる幸福」よりも「不自由から解放されることによる幸福」
に人はより大きな幸せを感じるんじゃないかと分析したの
それっぽく言えば「幸福とは不幸からの脱却」であると考えたわけ

これを基にして考えると
よくものすごい金持ちが「お金じゃ幸せは買えない」とか言ってたりするのは
これは既にお金持ちが金銭的な自由を手に入れてるからなんだよね
金銭的に不自由な人にとってはその感覚はなかなか理解できない、不自由から脱却できるお金は幸せそのもの
自由であることは単に自由なだけであって自由≠幸せなんだよね、でも不自由からの脱却=幸せなの
だからこの場合は矛盾してるようでお互い正しいのよ

日本の幸福度が他の先進国に比べて低いってのもこれで説明付くんだよね
社会制度やインフラが整備されていて日常生活における自由が確保されていながら幸福じゃないのはなぜか
簡単に言えば不幸な状況や環境からの脱却が難しい社会ってことなのよ

何に対して幸せを感じるか、における個人差ってのは
何に対して不幸を感じているか、の違いによって生じるんだよね
これこそが人それぞれの正体
不幸とは何かとか考え出すと面倒だからそれはまた別の機会にするわ

そして不幸からの脱却が幸福だとするならば、脱却した瞬間にそれは幸福ではなくなってしまうってこと
仮に不幸を一つ残らず潰せたとしても、それは「幸せな人」ではなくてただの「不幸ではない人」に過ぎないの
つまり幸福をどれだけ追求しても残念ながら恒久的な幸福を得ることはできないって結論にたどり着いたわけよ

これ我ながら相当いいところまでいってると思うんだよね
真理に近づいてる感びんびんに感じる
でもこの結論はあまりにもしょーもないから、うまいこと簡単に幸せになる方法を更に考えたわけ
まぁでも天才的にそれもすぐわかっちゃったんだよね

要するに不幸と幸福の間を何度も行き来すればいいのよ
不幸からの脱却を完全なものとせず、あえて一時的なものにすればいいわけ
そしてそんな方法があればそれこそが幸せと呼んでいいと思うんだ

 

つまり幸せとはストロングゼロのことだったんだよ!

 

最近これしか飲んでないわ
幸せだわ

■この記事を書いた人

piggy
piggy
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7 thoughts on “幸せとは

  • 2018年5月24日 at 08:25
    Permalink

    つまり幸せ関数は、自由度関数を微分することで得られると言うことか。
    自由度が高止まりしていても、幸せではない、と。
    人間万事塞翁が馬、悪いこともいいことも続かない、その中で一生懸命生きていくことが幸せである。

    さすがぴぎ、素晴らしい。
    おっしゃる通りだと思います。

    Reply
  • piggy
    2018年5月24日 at 17:57
    Permalink

    >自由度が高止まりしていても、幸せではない、と。
    そうそう、そういうこと!

    金曜の夜は幸せ、でも毎日休日だったら果たしてそれは幸せなのかって考えると俺は微妙に違うと思うわけ
    平坦な環境に身を置く人と、幸福と不幸が入り混じる複雑な環境に身を置く人、後者が幸せとは限らないけど
    少なくとも”幸福を感じやすい状況にいるのは後者”ってのが俺の意見
    真剣に幸せを求めるならコミュニティ広げたり新しいことにチャレンジするのは良いことだろうね

    まぁそれが面倒だったら酒飲めば手軽に幸せを感じられるってわけさ、酒ってすごいね

    Reply
  • 2018年5月24日 at 20:05
    Permalink

    ぴぎーが言いたいのは、そこだね。

    >つまり幸せとはストロングゼロのことだったんだよ!

    >まぁそれが面倒だったら酒飲めば手軽に幸せを感じられるってわけさ、酒ってすごいね

    なぜなら、アルコールによる高揚感、万能感を一時的に感じられるため、あたかも、自由を勝ち取った=幸せを得たかのように錯覚できるから、だね!
    しかもストロングゼロはアルコール量に対するコストが相対的に安いため、より手軽だね!

    Reply
  • piggy
    2018年5月24日 at 21:56
    Permalink

    いや少し訂正すると錯覚ではないな
    酩酊による不幸からの脱却は一時的なものであってもそれは紛れもない幸せなんだ

    なぜなら幸福というものは総じて一時的なものだからだ
    幸福とは環境ではなく事象なんだ
    持続的な幸福だと考えているものはあくまでも小さな幸福感が積み重なったものに過ぎないんだよ

    そしてその小さな幸福感をたったの130円程度で買えるなんてなんてお買い得なんだ
    ストロングゼロ最高!

    Reply
  • 2018年5月24日 at 22:07
    Permalink

    確かにそれもそうかー。

    その時は辛いことを忘れられたり、気分が盛り上がるのは確かだもんね。

    でも、お酒は適度にしてね。
    体壊さないようにね。

    Reply
  • Kamo'ne
    2018年5月25日 at 19:20
    Permalink

    良いこと言ってるのに最後のオチでただのストロングゼロ文学に成り下がってる。

    まあ特に異論は無いけど、自分の意見を言わせてもらうならば、
    光があれば影があるのと同じで、幸せがあることで不幸せもあるっていう考えはどうだろう。
    つまり、幸せを感じる事が出来るのは不幸せを知っているから。
    逆もまた然り。これならぴぎと同じ意見だ。

    でも本当に不幸せを感じる事が出来るのは幸せを知っているからなのだろうか。
    本当に不幸な人ってのは幸せすら感じたことが無いんじゃないかなと思う。
    極端な話、生まれた時から衣食住にすら困るような人間が居たらその人たちは、
    一度も幸せを享受したことがないわけだ。
    幸せな人たちを見て、自分は不幸なのだとやっと認識できる。
    それまではきっと自分が不幸だなんて気づきもしないのではないだろうか。

    要するに何が言いたいかと言うと、不幸せを感じる事が出来る人は幸せなのだ。
    あー今自分不幸だわーって人は気づかないうちに幸福な人生を送っている証拠。
    幸せか不幸せかなんて、今の生活が満足か満足じゃないかの違いだけなんだと思う。
    不幸と幸福の間を行き来する間に求める幸福のラインが徐々に高まるだけではないか。

    故に、これ以上の幸せを求めるのはおこがましいことなのではないか?
    今の自分は幸せなのだと思い込む事のほうが余程健康的にも思える。

    ま、でもその幸せにすら気づけない社会と言う意味では、
    傍から見ればそれは不幸な事なのかもしれない。

    Reply
  • piggy
    2018年5月26日 at 00:22
    Permalink

    最近真面目に書き過ぎて疲れてきた感ある、たまには息抜きも必要かなって

    不幸とはなにかについてはかもさんの意見と大体同意見
    幸福と不幸は表裏一体の関係にあると思う
    幸福があるから不幸があり、不幸があるから幸福がある
    不幸からの脱却が最も大きな幸福であり、積み上げてきた幸福からの転落が最も大きな不幸である
    「他人の不幸は蜜の味」の不幸はまさにこの転落を指してる

    幸福と不幸は相対的な認識によって生まれてる
    日本に生まれ、衣食住に困らない生活を送っていてもそれを幸福と認識しなければ幸福じゃないし
    それと同じように生まれた時から衣食住に困るような国の人達であってもそれを不幸と認識しなければ不幸じゃない

    自らを不幸と感じている人にとっては酷な言い方になってしまうけど
    結局は個人の捉え方の問題なんだよね

    そして不幸も幸福と同じようにあくまでも事象に過ぎない
    って考えるのが俺は大事だと思うし実際そうだと思う
    「過去にこういうことがあったから俺は不幸なんだ」ではなくて
    「過去に不幸な出来事があった」ってだけ
    一度転落したならまた積み上げて登っていけばそいつはこれから何度だって幸せを感じられる
    幸せは享受しすぎても慣れてしまうものだから高ければ高いほど幸せってわけでもないしね

    誰かにこの考えを押し付けるわけじゃないけど俺はそう思う

    Reply

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