パラリンピックの必要性

さぁ今夜もはじまりました『Piggy’s Night』
そろそろ俺とかもさん以外誰でもいいから記事書けよと思いつつも
今日もガンガン書きなぐっていこうと思いまぁす!

さぁ今日も早速お便りを紹介していきましょう
ラジオネーム「かものはし」さんからのリクエストで

「パラリンピックの必要性について教えてください」

これはなかなかいい質問だ
面倒臭くなったからここからは普通に書く

はっきり言っちゃうと俺は必要ないと思う
勘違いしないで欲しいのはそこに差別的な意味合いはまったくない
いや差別意識がないからこそ必要性に疑問を感じると言った方が正しい
単純にスポーツとしての魅力に欠けていると思う

そもそも俺はボクシングのヘビー級以外の階級の必要性もよくわからない
勿論、ボクシング好きからすれば色々反論もあることだろう
下の階級の方がスピード感があってそれはそれで見ごたえがある試合になったりするのかもしれないし
実際に頑張ってる人を見下したりするつもりは一切ない
技術を競うという観点では間違ってはいないとは思う
でも勝つために減量してより弱い相手と戦うボクシングにはどうしても違和感が拭えないし
失礼を承知で書かせて貰えれば「結局一番強いのはヘビー級なんだよね?」と思わないかといえば嘘になる

体格による差が大きいスポーツは他にいくらでもある
バスケットボールはその最たるものだろう
留学生が入った高校バスケットボールの試合なんて誰が見たって明らかに不公平感がある
サッカー、陸上、どれも生まれ持っての体格の前では不平等なスポーツだ

でもそれは仕方ない事だ、スポーツの才能には体格も当然含まれている
努力だけではどうにもならない壁がある
だからこそ皆その才能を称え、憧れ、時に嫉妬する
そして例え厳しくともその壁に挑み続けている人を応援したくなる
それがスポーツの世界なんだと思う

パラリンピックも個人的にはボクシングの階級と同じだ
体格などで恵まれなかった人のために階級を分けたスポーツ
厳しい言い方をすれば先天的あるいは後天的に才能がなかったのだ
これは障がい者差別などではない
健常者でありながら体格に恵まれずオリンピックの夢を諦めざるを得なかった人は数多く存在する
パラリンピック出場者もその内の一人に過ぎないと俺は思ってる
バスケットボールはこのままでいいと思うしそれと同じようにパラリンピックは必要ないと思う

パラリンピックに存在意義がまったくないとは言わない
開催地のバリアフリー化など、一定の経済効果はあるだろう
でも俺はボクシングの軽量級の試合に興味はないしパラリンピックにも興味はない

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12 thoughts on “パラリンピックの必要性

  • Kamo'ne
    2018年4月19日 at 01:30
    Permalink

    ぶっちゃけほぼ同意見すぎて、どうコメントしようか悩んだけど
    そだねーって答えたところで盛り上がらんだろうし反論してみる。

    主観で捉えればスポーツにとって魅力とは重要な要素だが、
    パラリンピックはあくまでも障がい者にとってのスポーツの「祭典」であり、
    世界共通の認識としての障がい者スポーツ界の頂点である。
    そしてそこで結果を残せば金字塔である、という事こそがここでは重要なのではないだろうか。

    派手さやパフォーマンスを求める舞台では無い事は確かだが、
    そこにかける情熱やひたむきな努力は誰にとっても責められるものではない。
    ましてや、先天後天を問わず望まない身体に生まれた彼らにとって「才能が無かった」などとは
    流石に謂れの無い非難である。

    故に、彼らにとっても一つの大きな「目標」が必要だったのだ。
    もはや同じ「オリンピック」と言う舞台には生涯立てなくとも、
    自分達が目指せる目標としての祭典があってこそ、生きる希望や活力が沸いて来るのではないか。
    この議題を面白くないからと言う理由で片付けるのはあまりにも暴論である。

    なんだったら僕は割りとサッカーとか全然見ててもつまらんし、
    野球なんてマジで何が面白いのかさっぱりわからんし、
    いっそローマ時代の剣闘とかを見てたほうが絶対面白いと思う。
    結局安全圏でやる競争毎なんて面白いわけが無いんだ。
    ボクシングも死ぬまでやれ。

    Reply
  • piggy
    2018年4月19日 at 17:13
    Permalink

    リクエスト貰った段階で基本的には同意見なんだろうなとは思ってた
    明らかに意見分かれそうな議題って意外と少ないんだよなぁ

    スポーツの祭典うんぬんの反論はあるとは思ってた
    むしろなんか色んな側面で考え出すと、祭典だの経済効果だの色々あるから書くの面倒になって主観メインでの記事になっちゃったのは反省点

    活躍の場が欲しいってのはわかるし、それは自由にやって構わないけど
    それと国際的な舞台を用意する必要性があるかどうかはまた別の話だと思う
    パラリンピックに出られないほどの障がいを持った人には舞台を用意しなくていいのかって言い出したらキリがない
    どこかで線引きをしなくちゃいけなくて俺はそれをオリンピックまででいいと思ってる

    才能がないうんぬんは俺自身体格に恵まれていない方=才能がない立場だから言えた発言ってのはあるかもしれない
    言い方は悪いけど弱者に対してどの程度配慮するかってのは凄く難しい問題だと思う
    下駄を履かせようとする行為は裏を返せば差別意識そのものだし
    パラリンピックはその下駄を高くし過ぎた故の産物だと思う

    Reply
  • 2018年4月19日 at 20:02
    Permalink

    障害に対して倫理的に話し合うとすれば論点がずれるかもしれないけれど、そもそも障害者を「障がい者」って書き方をすること自体に疑問を持ってる。
    まさに上で言ってるように差別意識を顕著にしてるんじゃないかと考えてる。
    特別支援で働いていたからか、余計に区別しているんじゃないかと感じてしまう。
    単にスポーツの面白さに対して論ずるとすると、そこはもう個人の好みになるんじゃないだろうか。
    極論を言ってしまうと個人的には女子スポーツですら面白さを感じない。
    スポーツ観戦は大好きだが、男子と比べると力強さやスピード感にかけてしまうから。
    「それは女性差別だ」と言われるかもしれないが、スポーツとして面白くないと感じてしまうから仕方がない。
    パラリンピックの是非について論じるのは、その競技を個人的に楽しめるかどうかに収束するんじゃないだろうか。

    Reply
  • piggy
    2018年4月19日 at 20:36
    Permalink

    書き方に対する疑問はよくわかるよ、俺もどう書くか悩んだし
    よく言葉狩りうんぬん言われたりもするけど個人的には当人ないしはその家族が嫌がっているなら呼び方を改めるのに抵抗はないかな、たとえそれが差別意識を助長させる可能性があったとしてもね
    時代と共に言葉が変化していくのは仕方ないのかなと思ってる
    ただ間接的なケース、例えば障害物競争にまで文句を言い始めた場合なんかは俺はただの言葉狩りだと思う

    女子スポーツに面白さ感じないってのは良くわかるけどこれもなんか色々反感買いそうな内容だよな
    論点はむしろ面白さ以外の部分なんだと思う
    パラリンピックにオリンピックと同等の面白さを感じる人は少数派なのは恐らく間違いないし
    それを考慮したうえでパラリンピックにそれ以上の意義があるのかどうか
    例えばパラリンピックを観戦したことで障がい者に対する偏見がなくなった、みたいな人が多数存在するならそれは素晴らしいことだし、今後も継続すべきだと思う
    でもそもそも俺達は元々そんな偏見がないのも相まってそんな人は少ないだろって決めつけちゃってる部分はある

    Reply
  • 2018年4月20日 at 03:50
    Permalink

    差別的なところに抵触しそうなのはややこしそうだから触れないとして、そもそも集団競技も個人競技も要は優劣をつける為のものでしょ?

    体格は有る種の個人の才能に値するものであって、チームプレイではその才能の差を人数とチームワークでカバー出来るもの。
    ただ、格闘技みたいな個々の戦いはその才能に差がありすぎると覆らない部分があるからこそ細分化してるだけであって、結局のところ『ヘビー級』とか『無差別級』みたいなところが人類の頂点みたいな感覚だよね。

    ただ一つ思うのは、異種格闘技ってなるとそれぞれの特性の相性なんかもあって、剣道で言う『三倍段』とかみたいに、例えば徒手空拳(空手)で刀(剣道)に勝つには3倍の段位が必要とかあるじゃん?
    でも刀や剣は槍には分が悪くて、槍って言うと薙刀とか棒術とかがそれっぽいけど、そうなってくるとそもそも近接戦じゃなく近接武器に対しては遠隔武器が有利なわけで…

    って考えていったときに人類の最強の戦闘手段は何かってなるわけよ。
    まぁ人類って言い方すると核とか中性子とかそういうのになるんだろうけど、あくまで『争う』ではなく『競い合う』となった時に判定が出しやすく、遺恨の残りにくいようにするにはーって突き詰めていったらルールや平等性ってところに行き着くような気がする。

    大人と子供が競うんじゃなく、大人同士子供同士みたいなね。

    そうやってボクシングの階級なんかも出来たんじゃないかって思うし、オリンピックに代表されるような競技も細分化されていったんじゃないかなって考える事はある。
    でも自分が昔やってた競技ではあるけど、陸上競技だけはリレー以外は競技種目こそ細分化されてるけど、結局個人プレーのくせに全然今まで語ったような体格差とか才能面は全く考慮されてなくてやっぱ理不尽だと思う。

    ていうかパラリンピックってもともとは負傷兵のリハビリかなんかが発展したやつじゃなかったっけ?
    個人的に障害者に対しては何ら差別もしないけど、都合の良い時だけ「障害者扱いするな」とか「健全者と差別するな」って言うやつは友達になれない。

    都合の良い時だけ女の立場を利用してくるのもキライ。

    Reply
    • Kamo'ne
      2018年4月21日 at 14:56
      Permalink

      随分と保守的な意見じゃないか「西の猛犬」さんよぉ。
      ここは初めてか?力抜けよ。

      確かに個人競技ならいざ知らず、団体戦ってなってくると話は違うかもな。
      ただ国同士の試合がほぼ前提だから、国の環境や遺伝的な体格や感覚で有利不利はあるとしても
      競い合う上での平等性ってのがここでは大事なんだと再確認できる。

      我々がオリンピックに参加できないのと同じように、
      オリンピック参加者がパラリンピックに出場できないと考えれば、
      実は不要なのはオリンピックの方なのではないか?とも考えられないだろうか。

      世間一般へ平等さを訴える為だけの祭典なら、むしろパラリンピックの方が重要であり、
      オリンピックは各競技毎でそれぞれ大会もあるわけで、
      健常者はそっちでやればいいから不要なわけだ。

      これなら前述した僕の意見も変えること無く、
      ぴぎの言う高くしすぎた下駄の元も絶つという意味では一つのあり方なのではないだろうか。

      Reply
      • 2018年4月23日 at 01:26
        Permalink

        誰が猛犬か。私は猫派だ!

        平等性の為だけならそうかもだけど、
        結局は「最強の人類は誰か」を競って盛り上がる祭典としてオリンピックはやっぱり必要。

        『健常者じゃないのにこんな素晴らしい結果を残すことが出来る!』
        みたいな過程重視じゃなく、

        『俺は世界新記録を出したぞ!』
        っていう結果主義の祭典である事は間違いない。

        Reply
        • Kamo'ne
          2018年4月23日 at 19:21
          Permalink

          では「西の猛にゃんにゃん」に問おう。

          >『俺は世界新記録を出したぞ!』
          >っていう結果主義の祭典である事は間違いない。

          とまで言い切ったからには確証あるのだろうが、僕はそうは思わない。
          君の言う真逆。
          だって結果が求められるのであればドーピングだってなんだって有りにすべきではないか?
          卑劣な手段で不公平だから駄目だなんて誰が言い出したかは知らないが、
          結果主義で平等な大会であるならば、弱い選手は少しでも強くなる為に、
          元々強い選手はさらに強くなる為の手段を取るべきではないだろうか。

          健全な肉体とスポーツマンシップに則った健全な精神を持って、
          ひたむきに努力して努力して、やっとの思いで推薦を勝ち取って、
          普段からのトレーニングを欠かさずにやっているような、
          そんな人間を褒め称えるのがオリンピックだ。

          元々めちゃくちゃ強いけど無名な選手が、大してトレーニングもせず、
          試合前にちょびっと薬やって新記録出したって認められないなんて
          それは結果主義ではないのでは?と、僕は思う。

          真面目にやってるヤツが損をするとか言うが、僕はこっちのほうがよっぽど合理的だし明確。
          最強の人類を名乗るのであれば手段を選ぶ必要は無い。

          Reply
  • piggy
    2018年4月24日 at 22:55
    Permalink

    オリンピックが「最強の人類は誰か」を決める結果主義の祭典ってのは基本的には俺も同意で
    競技ごとに噛み砕いて言えば「最強のボクシングフライ級王者は誰か」だったり「最速の100m走者は誰か」を決める大会
    それをまとめて一つの大きな大会でやっちゃおうってのがオリンピック
    出場することに意味があるなんてのは建前で、ニュースで報じるのはメダルの話題ばかり
    ドーピングやら身体の機械化やら何でもOKって大会もそれはそれで超見たいけど
    それは無しってのがオリンピックのルールだから仕方ない

    パラリンピックの場合「最速の障がい者は誰か」などを決める競技
    俺は正直これはこれで一つのスポーツとして認めてるよ
    それこそオリンピックの一種目として
    「最速の車いす走者は誰か」だったり「最強のアイシェードソフトボール選手は誰か」って競技があったっていいと思う

    でも現状のパラリンピックはただのオリンピックからの隔離としか思えない
    いっそのことなくしてしまって各競技をオリンピック新種目として個別に応募するべきだと俺は思う
    そして俺はこれこそが本来目指すべき平等だと思う

    もっともそれが認められるかどうかは別の話だけどね
    オリンピック種目として認められていない数多くのマイナースポーツの内の一つとして検討の余地はあると思う

    Reply
  • 2018年4月28日 at 20:14
    Permalink

    おい、私にもわかる話にして!
    難しすぎるし、私はルールでがちがちなのも、人生かけてがんばるのも全然理解できない!
    特に、日本が勝ち出すと、日本不利になるようにルールちょいちょい変えるのも理解できない!
    よって、オリンピックもパラリンピックもいらない!
    以上!

    Reply
    • Kamo'ne
      2018年4月30日 at 15:06
      Permalink

      良いでしょうあやなっち殿。
      貴方が分かりやすいお話に話題を変える事も出来ます。
      我々にはその用意がある。
      ただし、それは「テーマ」があればこそ。
      気になるテーマを上げて頂ければ、この暇な奴らが必ずや記事として自論を展開する事でしょう。
      この場所は貴方を飽きさせる事はございません。

      Reply
  • 2018年4月30日 at 16:48
    Permalink

    かもさんかっこよすぎる(´・ω・`)
    オーシャンズイレブン的な立ち絵を想像してにやっとしました。

    Reply

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